谷 桃子バレエ団新春公演「くるみ割り人形」

2007.1.17 東京文化会館大ホール


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The MomokoTani Ballet
「 Nutcracker」


山野博大の電脳バレエ横丁徘徊

谷桃子バレエ団の「くるみ割り人形」を見る

 谷桃子バレエ団が「くるみ割り人形」の全幕を初めて上演したのは、1968年2月だそうです。その後も何度か全幕をやっているのですが、あまり話題になることはなかったと思います。私も谷桃子さんが「くるみ…」の全幕を踊るのを見た記憶がありません。「白鳥の湖」や「ジゼル」のようなドラマチックなものを得意とされた谷さんが、ほとんどドラマと無関係に登場してグラン・パ・ド・ドゥを踊るだけの金平糖の精を踊るところは想像がつきません。
クララの父:内藤 博、クララの母:尾本安代
クララ:伊藤さよ子、クララの祖母:大岩静江
クララの祖父:赤城 圭
フランツ:徳江 弥&クララ:伊藤さよ子
 最近ではクリスマス・シーズンになると、どこのバレエ団でも「くるみ…」を上演するようになりましたが、谷桃子バレエ団だけは、ながらくその流れの外にありました。それには、大バレリーナ谷桃子さんの持つドラマチックなものを得意とするキャラクターが影響していたのかもしれませんね。
 谷桃子さんの演出、振付を望月則彦さんが補佐してこのバレエの再演は行なわれました。それを指導したのが鈴木和子さん、広瀬和子さん、前田藤絵さん、平田貴義さんの4人。これだけの人たちがそろっていたら、谷桃子バレエ団ならではの「くるみ割り人形」ができないわけがありません。目が行き届き過ぎて?、指導される方もたいへんだったと思います。
 第1幕の冒頭は雪の降る街の風景です。序曲の演奏に乗って、クリスマス・パーティーに向かう着飾った家族連れなどが通ります。このシーンは、各バレエ団ごとに独特のものが用意されていて、演出者の腕の見せどころとなっています。ドロッセルマイヤーがくるみ割り人形を持って舞台を横切るところが必ずあります。ここはこのバレエのテーマを暗示する大事なシーンで、やはり演出者が工夫をこらすところなのです。谷桃子バレエ団では、ドロッセルマイヤーの持つトランクのふたが開いてしまい、くるみ割り人形が転がり出るという思いがけないハプニングを用意していました。ドロッセルマイヤー役の梶原将仁さんが、人形をゆっくりと拾い上げ、それを観客に示してからトランクにしまい直します。これで、このバレエの主人公はこのお人形なのだということが客席に伝わりました。
ピエロ:中武啓吾
 その雪の降る街のシーンのところで演奏される序曲はかなり長いので、通りかかる人たちの芝居をいろいろにやってみたりして時間をつぶします。演出家が苦労しながら、いろいろと考え出すところなのです。谷桃子バレエ団では、その真ん中あたりで街の風景の画かれた紗幕の後を明るくして、クララ(伊藤さよ子さん)におじいさん(赤城圭さん)が何か話して聞かせているシーンをはさみ込みました。これで、もう一人の主人公であるクララの紹介も済ませてしまおうという、うまい演出です。

市会議長のシュタルバウム氏(内藤博さん、クララのお父さん役)の客間で行なわれるクリスマス・パーティーの場面となります。中央にクリスマス・ツリーが飾られています。シュタルムバウム夫人(クララのお母さん役)は尾本安代さんが演じていましたが、彼女は谷桃子バレエ団の大スター・ダンサーでした。かつての風格ある貫禄たっぷりの踊り方の片鱗がうかがえるお芝居が、やはりひときわ目を引きました。そしてクララのおじいさん役の赤城圭さんもかつての大スター。テクニシャンとして、また軽妙な演技者として、彼も客席をわかせたひとりでした。

コロンビーヌ:瀬田統子
 しかし、パーティーの中心は、クララとそのお兄さんのフランツ。フランツ役の徳江弥さんは、子供の役もやれる男性ソリストです。今の日本のバレエ界、大きい男性ダンサーはたくさんいるのですが、彼のような小柄でテクニシャン、しかも芝居もうまいという人は他にはいません。フランツの役は、女性ダンサーが男装してやったり、ほんとうに子供がやってみたりといろいろありますが、徳江弥さんのフランツほどの適役は他に例を見ません。子供たちのリーダー役としてのフランツ役を、第1幕の中心の一人にしてしまいました。
ムーア人:下島功佐
伊藤さよ子& ドロッセルマイヤー:梶原将仁
 パーティーの余興に踊るお人形たちである、ピエロ、コロンビーヌ、ムーア人は、中武啓吾さん、瀬田統子さん、下島功佐さんが元気に踊りました。この3人は、おもちゃの人形とねずみたちの大戦争の場面にも登場して大事な役割を果たします。その戦争の場面がまたとてもよくできていました。整然と行進するおもちゃの兵隊とちょろちょろと走りまわるねずみの大軍が一進一退の戦いを繰り広げます。くるみ割り人形の桑原智昭さんとねずみの王様の岩上純さんが剣をふるって立ちまわりをやります。くるみ割り人形が負けそうになったので、クララがねずみの王様に自分のはいていたスリッパの片方を投げつけ、そのおかげでくるみ割り人形の勝ちとなります。
くるみ割り人形:桑原智昭
マウゼリング(ねずみの王様):岩上 純
王子:齊藤 拓&伊藤さよ子
雪の女王:川原亜也&雪の王:今井智也
 場面は一転して雪の場面。クララとくるみ割り人形がお菓子の国へ行く途中なのです。雪の女王の川原亜也さんと雪の王の今井智也さん、雪のソリストの黒澤朋子さん、日原永美子さんを中心に16人のコール・ド・バレエがしっかりと踊りました。最後に雪の精たちが雪道を遠く舞台の奥へと去って行く印象的なところは、このバレエのオリジナルのままの定番の見せ場です。