第17回J・B・Aヤング・バレエ・フェスティバル

2006.3.24 ゆうぽうと


3of 3

Japan Ballet Association
Young Ballet Festival

「卒業舞踏会」
J. シュトラウス曲/A. ドラティ編曲
原振付/ダビット・リシーン
再振付・指導/デイビット・ロング
指導/横瀬三郎
バレエミストレス/早川惠美子
監修/橋浦 勇
 「卒業舞踏会」はこの公演でも愛されてきたオリジナル・バレエ・リュスの作品である。若き踊り手たちの門出もかけているのだろう。ウィーンの寄宿女子学校の卒業の舞踏会に士官学校の生徒達が訪れるということで乙女達は浮かれて落ち着かない。女学院校長が現れたと思えば演じているのは篠原聖一だ。そして老将軍(堀登)と士官、士官候補生たちが現れ、明るい舞踏会がスタートするとデヴェルティスマンが次々に披露される。
鼓手(徳江弥)が華奢な身体から細やかな芸を披露したと思えば、スコットランド人(石井竜一)とラ・シルフィード(壺山順世)が優雅な踊りを披露する。徳江は役に入りきり観客を沸かせたと思えば、壺山と石井の丁寧な演技が心に染み込んでいくようだ。

舞踏会の中からはカップルも生まれ若々しくやんちゃな女を木田玲奈が、乙女のエレガンスを法村珠里がそれぞれの個性を活かしながら士官達と恋に落ちる。この対照的なキャストという構図は続く女学生同志のフェッテ競争でも用いられ、新鮮でエネルギー溢れる矢嶋梓と感性豊かな緒方麻衣がそれぞれ技を競い合った。やがて女学院校長と老将軍も打ち解けひと時のアバンチュールを楽しむ。人間味溢れるコメディタッチはこの作品が作られた時代のものだが登場人物の人間らしさが長年愛され続けた理由といえよう。

下級生・即興第2ソロ:法村珠里、パートナー:中武啓吾
鼓手:徳江 弥
ラ・シルフィード:壷山順世
壷山順世&スコットランド人:石井竜一
老将軍:堀 登&女学院校長:篠原聖一
下級生・即興第1ソロ:木田玲奈
 近現代の日本に於いて踊り手や文化人達が新文化としてのバレエを社会に根づかせるためには滲むような苦労があった。国立国会図書館にある蘆原英了コレクションの中には図面や紙で作られた舞台装置の模型がある。蘆原英了と東勇作といった面々が親交を通じて情報が少ない当時のバレエの舞台を作る上でこういった図面や模型を用いたのであろう。さらに蘆原英了を超える大きな存在として大田黒元雄を上げる事が出来る。大田黒は日本バレエ協会の設立にも大きく貢献をした文化人の1人である。大田黒は学者的ではなく平易で解り易い文章で書くことが多かった。だが大田黒は平易であるが故に凄みがある存在とも言えるだろう。また大田黒は当時有名な資産家の息子であった。父の大田黒重五郎は水力発電などの事業で成功をした大資産家・経済人であり二葉亭四迷を親友に持ち岩波書店のライバル的存在だった第一書房をバックアップするなど子息と同じように当時の文化を大きく担った。
法村珠里
フェッテ競争:緒方麻衣、矢嶋 梓
バレエ批評家として彼は当時の日本人としてバレエ・リュスの多くの作品を実際に接し、実体験に基づいた評を「露西亜舞踊」(大正15年)という豪華本にまとめているのだ。この「露西亜舞踊」の影響力の大きさを知る1つの逸話がある。知識人の林達夫は自身に影響を与え新しい世界と総合芸術への関心を与えた一冊としてこの著作を挙げる。林は大田黒に私淑をする事で当時の様々な先端的な西欧文化を吸収したのだ。蘆原や大田黒に通底するものは新しい世界や文化への情熱である。
無窮動:金子 優、中筋賢一、鈴木久美子
塚田亜里、吉本奈緒子
法村珠里/中武啓吾/木田玲奈/登坂太頼
 この公演で踊った若き踊り手達は一段と新しい新世紀の彼方へと羽ばたく踊り手達である。日本社会も戦後社会から脱却し大きく変容しようとしている現代だが、その過程において社会的な慣習や伝統も大きく変わろうとしている時期といえる。この混迷は今しばらく続くであろうが現代社会の中でも大きな意義を持つバレエや舞踊文化の担い手として、アンテナを常に新世界に向けて張り巡らせ、そして同時に社会の気品の源泉として歩んでいって欲しい。

2006.3.24 ゆうぽうと所見

舞踊批評家 よしだゆきひこ