谷桃子バレエ団 「ラ・バヤデール」

2006.2.24&25 東京文化会館


2of 2

Tani Momoko Ballet
La Bayadere

 息もつがせない劇的な場面の後に、麻薬を吸ったソロルの悪夢としてのバレエ・ブラン(白いバレエ)が続きます。ニキヤの死にショックを受けたソロルは麻薬を吸って夢の世界に逃避するのです。
 雲を通した光の筋が美しい空の景色を背景にバヤデール達がアラベスク、パンシェを繰り返しながら冥界へとスロープを下ってきます。この場面だけを独立させて「ラ・バヤデール」として上演することが多いので、ここは見て知っているという人が多いのではないでしょうか。
 この谷桃子版では、その背景を描いた妹尾河童さんの舞台美術がまず目をひきました。雲を通した光の筋が美しい空の景色は、写真をホリゾントに投影したようにも見えるのですが、これはデザイナーが手で描いたものなのです。「ラ・バヤデール」の舞台美術として、この妹尾版は世界の他のバージョンと比較しても、とりわけ傑出したもののひとつと言えるでしょう。

 32人のコール・ド・バレエがスロープを下り、ダンスのシーンとなります。
 谷桃子バレエ団のコール・ド・バレエの整然たる美しさはほんとうに感動ものでした。よく訓練されたダンスが妹尾さんの描いた美しい背景とひとつになって夢のような場面が出現しました。

佐々木和葉&齊藤 拓
 ニキヤとソロルのパ・ド・ドゥ、ソリストたちのダンスが最高潮に達したところで、二人を先頭に全員がスロープを登って行くラストのシーンとなります。
 このシーン、それからソリストたちのダンスには、メッセレル女史の工夫がありました。「ラ・バヤデール」のオリジナルは、神の怒りによる寺院の倒壊シーンの後でニキヤとソロルがそろって昇天することになっています。それをメッセレル女史は簡潔に処理して後味をすっきりとしたものにしたのです。
 このようなメッセレル版にさらに細かく手を入れて、全体にストーリーの展開をはっきりと見せるようにした望月則彦さんの功績は見逃すことができません。複雑なストーリーが難点となり、ソロルの夢の場だけしか上演されなくなった「ラ・バヤデール」ですが、このようにすっきりと処理してくれたら、全幕ものとして退屈しないで見ていられます。
朝枝めぐみ&今井智也
バリエーションI:前田新奈
バリエーションI:宮城 文
バリエーションII:永橋あゆみ
齊藤 拓&佐々木和葉
今井智也&朝枝めぐみ
 メッセレル女史は1980年に東京で、息子のミハイルさんと共にアメリカへの亡命を宣言しました。谷桃子バレエ団に彼女が「ラ・バヤデール」を振付けたのは、その騒ぎがまだおさまりきらない1981年のことでした。妨害の電話とか、嫌がらせがあり、警察官が警備する中でのリハーサルとなりました。

 1991年のソ連解体によりロシア連邦に移行してからは、外国への移住が自由になり、亡命の必要がなくなってしまいました。今の人たちには、日本における「ラ・バヤデール」全幕初演が国際的な事件になり、警察官に守られて稽古をしたなどということは、おそらくぴんとこないでしょうね。でも四半世紀前にはそんなことがあったのです。

2006年2月24日東京文化会館所見

やまの・はくだい=舞踊評論家

STAFF

芸術監督/谷 桃子
振付・演出/スラミフ・メッセレル
再演出/望月則彦
バレエミストレス/鈴木和子、広瀬和子
バレエマスター/平田貴義

舞台美術/妹尾河童
衣裳美術/緒方規矩子
照明プラン/中沢幸子
照明/梶ライティングデザイン
大道具/東宝舞台、ユニ・ワークショップ
舞台設計/古川俊一
雲の背景画/妹尾太郎

舞台監督/福島 章
制作・総務/広瀬 清
音楽監督・指揮/福田一雄
演奏/東京ニュー・シティ管弦楽団

主催/谷桃子バレエ団
マネジメント/新演奏家協会