谷桃子バレエ団本公演「 レ・ミゼラブル」
22.8.11 メルパルクホール東京

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Tani Momoko Ballet
「Les Misérables」


隅田有のシアターインキュベーター

谷桃子バレエ団『レ・ミゼラブル』

谷桃子バレエ団が望月則彦振付『レ・ミゼラブル』を12年ぶりに再演した。全2公演は今井智也が両公演とも主演し、その他の主要な役はダブル・キャストであった。2日目の11日の様子を報告する。

ジャヴェール警部:牧村 直紀
ジャン・ヴァルジャン:今井 智也
本作は2003年に初演され、2010年の再演時には文化庁芸術祭賞大賞を受賞している。ヴィクトル・ユゴーの小説を下地に、スピーディな展開にはミュージカル版の影響も見て取れる。アルヴォ・ペルトの金管が印象的な『アルボス』で幕が開き、修道院に預けられたコゼットが成長した姿を見せるまでが一幕で、フランス革命や若者達の恋愛模様は2幕。

パンを盗んで収監されるシーン、出稼ぎの少年が落としたコインを盗む場面、コゼットがテナルディエ夫妻に預けられる顛末、コゼットを引き取ってからパリに出るまで、バルジャンがジャベールの死を知る場面などはミュージカル版にはない逸話で、バレエ版はバルジャンとコゼットの心身の成長と変化に、より注目していることが感じられる。コゼットやファンティーヌなどトゥシューズを履いて踊る役もあるが、群舞は男女ともにべた足をふみ鳴らすように力強く踊る。握りこぶしが多用され、こうべを垂れて両ひじを引きながら拳を握り締めるポーズには怒りや悲しみが、片手の拳を高く上げる仕草には革命への情熱が表現されていた。

主演の今井は銀の燭台の場面までの荒々しいバルジャンと、改心してカリスマ性を備えた紳士を、役の連続性を保ちつつ、しっかりと演じ分けていた。下から睨みつけるような視線は、前半は世間に対する怒りを、後半は成すべき役割の大きさに耐えている様子を表しているようだった。ジャベール警部は三木雄馬と牧村直紀のダブルキャストで、11日の牧村はバルジャンと対照的に、相手の視線を真正面から捉えるノーブルさがあった。

2名の憲兵を従えて前半は颯爽とバルジャンを追跡するが、バリケードの中でバルジャンに命を助けられて混乱し、瀕死のマリウスを背負うバルジャンを見逃してやったことで、信じていた世界が崩壊する。
今井 智也 ミリエル司教:内藤博
テナルディエ夫妻:菅沼寿一、種井祥子 ファンティーヌ:加藤未希
ファンティーヌ(加藤未希)は工場の職を失い髪を売ってから、コゼットをテナルディエ夫妻(菅沼寿一、種井祥子)に預けたようで、原作よりも長い年数手元で娘を育てていたようだ。2幕はコゼット(齊藤 耀)マリユス(昂師吏功)エポニーヌ(永倉 凜)の三角関係が駆け足に描かれ、アンジョルラス(森脇崇行)を中心とした革命家たちがバリケードで奮闘する。ラストのカタルシスは控えめで、衰えたバルジャンの前に幼いコゼットや神父の幻想が現れたのち、駆けつけたコゼットとマリユスとは少し離れた背後のセットの上で静かに息絶える。
加藤未希
加藤未希 牧村 直紀 今井 智也
今井 智也
菅沼寿一、種井祥子
菅沼寿一 コゼット(子役):小山杏 種井祥子
本作は初演時から選曲の是非が議論されてきた。19世紀のチェコの国民的作曲家スメタナや、コンテンポラリー・ダンス作品に重宝されているアルヴォ・ペルト、さらに12世紀の曲を現代風にアレンジした楽曲など、時として視覚と聴覚の情報が合致せず混乱をきたすことがある。上演前のホワイエでは革命のシーンに使われているモルダウがBGMとして流れていたので、モルダウはテーマ曲という位置づけなのだろう。ユゴーの別の小説『ノートルダム・ド・パリ』は『エスメラルダ』やローラン・プティによる同名の全幕バレエが作られており、前者はイタリア人の作曲家が、後者は20世紀の作曲家が音楽を担当している。本作で使われる曲もフランス革命時代の音楽家の作品である必要はないかもしれないが、全幕を通してある程度の一貫性があると、観客はより踊りに集中できるのではないだろうか。
コゼット:齊藤 耀
齊藤 耀
コゼット:齊藤 耀&マリユス:昂師 吏功
バレエの古典作品には主人公の「友人」など、キャラクター設定が曖昧な役も多いが、本作はどのパートを踊るダンサーも強い個性が要求される。主要キャストはもとより、迫力のある群舞を踊ったダンサーたちが、本公演を経験したことでどのように変化していくのか、今後の谷桃子バレエ団のステージが楽しみである。

2022年8月11日 14:00 メルパルクホール

すみだ・ゆう=舞踊批評家

牧村 直紀 今井 智也 昂師 吏功
牧村 直紀 
齊藤 耀&昂師 吏功
STAFF

演出・振付・選曲:望月則彦
再演出・再振付:高部尚子
舞台美術:橋本 潔
衣裳美術:合田瀧秀

舞台美術:橋本 潔
衣裳美術:緒方規矩子
照明:足立恒
舞台監督:伴美代子