2005年井上バレエ団12月公演「くるみ割り人形」

文京シビックホール・大ホール


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Inoue Ballet
NUTCRACKER

今夜もバレエに連れてって!

守山実花

クリスマス・シーズンを彩る「くるみ割り人形」。

井上バレエ団の関直人版は、子供から大人まで誰もが素直に夢の世界に浸ることができる優しい色彩の物語だ。幸せで心優しい少女クララがクリスマスに体験したワクワクするような夢の世界が、まるで童話の絵本をめくるようにほんわかと展開していく。

やわらかい色あいのピーター・ファーマーの美術もファンタジックなムードを高め、実に効果的だ。

ドロッセルマイヤー:原田公司
ハレーキン:登坂太頼&コロンビーヌ:吉本奈緒子
美しく着飾り、クリスマス・パーティーを楽しむ人たちの笑い声が聞こえてくるような、プロローグ。プレゼントを貰った子供たちは大喜びし、大人たちはダンスに興じる。
ごくありふれた幸せな家庭のクリスマスの情景。
やさしい両親(池田貞臣、諸角佳津美)、いたずらっ子の弟フリッツ(基大地)に囲まれた、幸福な少女クララ(小林理香)。

関版のドロッセルマイヤー(原田公司)は、ダンディでステキなおじ様といった風情だが、くるみ割り人形の正体を知る謎の人物といった側面もあり、人形劇でクララにくるみ割り人形の物語を伝え、夢の入り口へと招く存在だ。

全体的にどこかおっとりとした雰囲気が漂い、いかにもブルジョワ家庭といった感じがするのが、演出とよくあっている。

兵隊人形:中武啓吾
フリッツ:基 大地&クララ:小林理香
クララの夢の始まり同時に第一幕一場が始まる。
幻想的なチャイコフスキーのメロディとともにぐんぐん大きくなるクリスマスツリー。何度観てもワクワクしてしまうシーンだ。
そして舞台に登場するねずみたち。モコモコしたねずみたちは、どこか憎めないようなかわいらしさがある。ちょろちょろと駆け回る子ねずみがなんともキュート。

くるみ割人形の王子は大倉現生。クララを守るために一生懸命戦う姿が頼もしく、誠実な感じがするのも大倉ならではだ。
クララもスリッパをねずみに投げつけて応戦。小林は表情豊かにクララを演じ、可愛らしい。

ネズミたちは退散し、クララとくるみ割り人形だけが舞台に残される。

ねずみの王様:植村公春
くるみ割人形の王子:大倉現生
雪の女王:鶴見未穂子&雪の王子:井上陽集
第二場は見せ場の連続。
舞台が真っ暗になったかと思うと、やわらかいメロディにのせて、純白の衣装を着たあステキな王子が!クララだけでなく私たち観客も「王子様!!」と思わずドキドキしてしまうシーン。
毎年ステキな王子が登場するのが井上バレエ団の魅力だが、今年の王子は藤野暢央。香港バレエ団でプリンシパルとして活躍したのち、2005年7月にオーストラリア・バレエ団にシニア・ソリストとして入団した、期待のダンサー。
長身に安定したテクニック、男らしい優しさに溢れた王子ぶりを見せてくれた。

王子はクララを夢の世界へと誘う。
そこは純白の雪が舞う冬の森。雪の女王と雪の王子がクララを迎える。
鶴見美穂子は凛とした美しさがいかにも雪の女王にふさわしい。
ハンサムで気品ある雪の王子は井上陽集。純白の衣装がよく似合う。
雪の精の群舞は軽やかで、チラチラと振り出した粉雪を思わせる。その中で踊られる女王と王子のパ・ド・ドゥが実に華やかだった。

スペイン:宮嵜万央里&井上陽集
アラビア:福沢真理江
小西 優、瀬木陽香、高村明日賀、仲秋亜実
中国:田川裕梨、中武啓吾
トレパック:増田仲子、古谷幸子、菅野やよひ、登坂太頼、粟竹 徹、加藤健一
あし笛の踊り:鈴木直美、嶋田涼子、大島夏希
ギゴーニュおばさん:樽井裕典
第二幕はお菓子の国。
鮮やかな衣装をつけたお菓子の国の住人たち、そして金平糖の精(島田衣子)が、クララと王子を迎えてくれる。

島田は愛らしく、それでいてお菓子の国のプリンセスの落ち着きをみせ、細やかな動きには気品をにじみだす。

クララをもてなすお菓子の国の踊りが始まる。
スペインは華やか、アラビアは異国情緒たっぷり、中国はユーモラス、トレパックは快活、あし笛の踊りは可愛らしい。他の演出では省略されることもあるギゴーニュおばさんも登場。スカートから飛び出してきた子供たちは元気一杯だ。

満開の花が咲きこぼれるように芳しい花のワルツ。唯一の男性ダンサー中尾充宏は、まるで花の中を飛ぶミツバチのよう。

花のワルツ:西川知佳子、中尾充宏
クララ:小林理香、金平糖の精:島田衣子&王子:藤野暢央
STAFF

芸術監督・振付/関 直人
美術・衣裳/ピーター・ファーマー
バレエミストレス(コール・ド・バレエ)/鈴木麻子
子供指導/藤井直子、福沢真理江、萩原美佳
美術監修/橋本 潔
照明/古賀満平
舞台監督/相馬勝己
音楽監督/堤 俊作
指揮/御法川雄矢
演奏/ロイヤルメトロポリタン管弦楽団
制作/(財)井上バレエ団
公演監督/岡本佳津子
事務局/諸角佳津美

藤野暢央&島田衣子
クライマックスは、金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥ。
男性的な大きさのある藤野が島田を包み込むようなアダージョは、実にドラマティック。
ヴァリエーションでは、チェレスタの音色のように繊細な島田の表現力、藤野の若々しくの伸びやかなダンスを堪能した。
島田衣子&藤野暢央
楽しい時間は終わり、クララはもとの世界に戻り、すやすやと幸福そうな寝息を立てて眠ってしまう。そこに両親が現れ、お父さんがクララを抱きベッドに運ぶ。
クララが女性として成長し、夢の中で恋を知るという演出もあるが、関版では、クララはあくまでも幼い少女であり、家庭こそ彼女の居場所であることが示されているのだ。

幕が下りた後にはクリスマスメドレーも演奏され、出演者も観客も一緒に、今年一年を無事に過ごせたことを祝い、新しい年の幸せを願う。
クリスマスにふさわしい演出に、劇場全体が暖かい気持で一杯になったのだった。

2005.12.17 文京シビックホール所見

舞踊批評家:もりやま みか