谷桃子バレエ団創立60周年記念公演1
「白鳥の湖」全4幕

2009.1.24&25 新国立劇場中劇場

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Tani Momoko Ballet
「Swan Lake」


「上野房子のダンス・ジャーナル」

 “ダンス・スクエア.jp”の鈴木紳司編集長から公演評の依頼を受けたのは、公演翌日のことでした。諸々、仕事が重なっていたため、公演に対する私見を忌憚なく申し述べたうえで辞退したのですが、昨今の谷バレエ団への正直な思いを執筆する、という条件に気持ちを動かされました。“ダンス・スクエア.jp”はフレンドリーな視点の公演評を載せる媒体かと理解していたので、少々、意外な提案でもありました。さらに、執筆に1週間ほど時間をかけてよいとの条件もいただきこの公演評を引き受けることにした次第です。
王子:三木雄馬
 私が谷桃子バレエ団を継続して見るようになって、数年がすぎました。1980年代(嗚呼、ひと昔前!)には、ビルギット・クルベリー版『ロミオとジュリエット』『令嬢ジュリー』の初演を見ていますし、当時の中心的ダンサーの大塚礼子さんや尾本安代さんが参加していたグループ「バレエトメニア」の大半の公演にも通っていましたから、谷バレエ団といえば、よりどりみどりの個性派集団、というイメージが脳裏にすり込まれていました。

 ところが、久しぶりに再会した谷バレエ団は、80年代とは趣を異にする団体になっていました。率直に私見を述べましょう。数多の団員(公演プログラムの団員名簿には女性77名と男性23名が名を連ね、さらに準団員として22人の女性が在籍)を多勢の指導者で率いる体制の下、団体としてまとまっていても、主役にこそ相応しい絶対的な「個」の力を備えたダンサーが不在ではないか、という思いを禁じ得ません。キラキラと輝く個性なり、傑出したテクニックなり、個の力で見る者をぐいぐいと惹き付ける磁力を備えたダンサーが見当たらない。そのため、古典の全幕作品を見ても1幕の現代物を見ても、重大な欠点がないかわりに、血湧き肉踊る美点も見当たらない。どこか物足りない気分のまま劇場を後にすることが常になっていたのです。

 というわけで、ここ数年間の思いも込めて、この『白鳥の湖』を振り返ってみることにいたします。頻出する苦言は、このバレエ団が現状でとどまっていいはずがないという期待の現れ、と受け止めていただければ幸いです。

道化:山科諒馬
 トリプル・キャスト*が組まれた全3公演の初回で、三木雄馬が王子ジークフリートを、緒方麻衣がオデット/オディールを演じた。三木は数年来のキャリアがあるものの、2008年1月に谷バレエ団に入団したばかり、在籍5年の緒方は今回が全幕作品初主演なので、団員100人の大所帯の序列のなかでは、新鋭コンビと呼んでよいだろう。谷バレエ団の指導者陣の薫陶の成果を見るべく、劇場に向かった。
*1月24日夜は、今井智也=王子、佐々木和葉=オデット、朝枝めぐみ=オディール、25日は斎藤拓=王子、永橋あゆみ=オデット・オディールが主演。

 第1幕の幕が上がると、そこは秋色の美しい城の中庭。王子ジークフリートの成年を祝い、貴族の男女や村の若者達が集っている。道化、家庭教師ヴォルフガング、王妃、アンサンブルとのやり取りから現れてくる王子の人となりは、未来への期待と不安のはざまで揺れる多感な青年といったところ。1幕の王子には踊りの見せ場が多くはないのだが、短いソロを踊り始めた瞬間、三木の体はスイッチが入ったかのように心地よい緊張感をおび、年少時からバレエの鍛練を積んだダンサーならではの、しなやかな動きを見せてくれた。第3幕、黒鳥姫オディールと踊るパ・ド・ドゥ等でも、身体能力を活かした跳躍や回転等の妙技を披露する毎に王子、否、三木の体は活気づいた。妙技への挑戦が、踊る歓びの源にあるかのようだった。一方、王子としての演技がどことなく茫洋としていたのは、彼のパントマイムや何気ない身振り手振り、視線の動きが何を語ろうとしているのか、誰に語りかけているのか、明晰でなかったのが一因。その結果、王子の心の動きよりも、技巧の見せ場が総じて目立ってしまった。

パ・ド・トロワ:正木智子、下島功佐、伊藤さよ子
下島功佐
ヴォルフガング:岩上 純
 三木が谷バレエ団入団する以前から、筆者は彼の踊りを断続的に見てきた。素晴らしい潜在能力の持ち主であることには疑いの余地がない。しかしその潜在能力が、十二分に発揮されていないように感じる機会が多々あったのも事実。フリーランスの立場では多様なレパートリーを系統的かつコンスタントに踊るのは難しいだろうと想像していただけに、彼が谷バレエ団に入団したとのニュースを朗報として受け止めたものだ。団員としての初出演は、2008年1月、『バヤデール』全幕での黄金の仏像の踊り。つなぎのステップが多く、踊りの流れを分断しがちな振付の影響なのか、踊りの切れ味が今ひとつで、彼がダンスール・ノーブルを目指しているのか、それともキャラクター・ダンサー志望なのか、判別できなかった。ちょうど1年後のこの『白鳥の湖』で、谷バレエ団の薫陶の成果を見ることができるだろう、と密かに期待を寄せていた。しかしながら、ダンスール・ノーブルもしくは古典作品の中心を踊る貴公子としての演技には課題を残すこととなった。
ロットバルト:近藤徹志
オデット:緒方麻衣
 第2幕、場面は夜半の湖畔に転じ、王子と白鳥の姫君オデットが初めて出会うや恋に落ちるくだりが綴られていく。
 オデット/オディールの両役を演じた緒方麻衣は、美しいダンサーである。古典バレエのヒロインにはうってつけの可憐な顔立ちと、すんなりとしたスタイルに恵まれている。現代的な表情も併せ持ち、様々な役柄を踊りこなせる逸材だろうことは想像に難くない。ただし、オデット/オディールを演じきるには技術的に不安定な部分があった。たとえば、バランスを十分に保てないため、2幕のオデットのソロに織り込まれた数々の美しいポーズを提示し尽せない場面が散見された。

 初顔合わせとおぼしき三木とのコンビも、まだ発展途上。王子と見つめ合う視線の中に、あるいは差し伸べられた手に触れる仕草にオデットの気持ちを託し、命を賭した恋の片鱗を見せて欲しかった。2幕のデュエットに深い思いが込められているからこそ、3幕の王子と黒鳥姫オディールのパ・ド・ドゥの緊迫感がいや増すはず。そこで披露される妙技が、丁々発止の演技の応酬へと昇華していくはず。技術的な不安をものともしない、火傷しそうな熱情が溢れ出てくるはず。しかし、両人の触れ合いは淡々とした味わいで、むしろ個別のソロのほうが伸びやかで安定しているようだった。といっても、筆者はここで二人の技量の優劣を評したいのではない。二人の指導にあたった、谷バレエ団の経験豊かな指導者陣への提言として敢えて問題提起をするものだ。

緒方麻衣& 三木雄馬
四羽の白鳥:田村 梓、雨宮 準、上島里江、依田久美子
二羽の白鳥:林 麻衣子、 黒澤朋子