谷桃子バレエ団「谷桃子追悼公演」
2016.9.23 めぐろパーシモンホール

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Tani Momoko Ballet
Memorial Performance

「ラプソディ」(1977年初演)
振付/谷 桃子
曲/C.ラフマニノフ
バレエミストレス/植田理恵子
雨宮 準
斉藤加津代、森本悠香、山本知佳、篠塚真愛、宇津木亜衣、平野 彩、岩田光加
島 亜沙美、谷口真菜、星 加梨那、蓮池うい、手塚歩美、中嶋 瞳、北浦児依
バレエ団総力をあげての谷桃子追悼公演

うらわまこと

 今から70年前、日本が戦争に負けた翌1946年、まだ世界でもそう多くはなかった東京バレエ団(現在のとは別)の「白鳥の湖」全幕上演でわが国のクラシックバレエは本格的にスタートしました。
 その時の主役バレリーナは松尾明美と貝谷八百子。当時日劇ダンシングチームで踊っていた谷桃子は、この舞台を見てただちにバレエ団の門をたたき、なんとその年の暮れには第三の主役の座を射止めたのです。
 そして1949年に自分のバレエ団を結成、1974年に引退するまでわが国のトップバレリーナ、エトワールの名をほしいままにし、その後もバレエ団の主宰者として、また日本バレエ協会会長としてバレエ界をリードしてきました。正直、彼女よりスタイルのよいバレエダンサーはいくらでもいます。しかし、舞台での気品のある動き、的確な表現によってもたらされるバレリーナらしい古典的な雰囲気と存在感は他の追従を許しません。

 その彼女は昨年4月に惜しまれつつ他界、このたびその後を継いだ谷桃子バレエ団が追悼公演を開催しました。

「瀕死の白鳥」
曲:C.サン=サーンス
バレエミストレス:大塚礼子
佐々木和葉
「リゼット」(1962年初演)
曲/P.ヘルテル
バレエミストレス/高部尚子
 最初に彼女のありし日の面影、そしてインタビューの映像が投影されます。プログラムは2部に分かれ、まず彼女の振付作品、得意とした作品、そして彼女に捧げる作品。彼女に学んだバレエ団の幹部が、それぞれにかかわりの深い作品のミストレスになり、亡き師へのオマージュとして捧げました。

 まず谷振付の「ラプソディ」(1977年初演)。ラフマニノフのピアノコンチェルトにより、もともとはジュニアのために振付けたのですが、その後バレエ団のレパートリーとなりました。
 この作品にダンサーとして、指導者としてかかわってきた植田理恵子がミストレスとしてステージ化。雨宮準を芯とした群舞、そしてグループによるアンサンブルと、ジュニア向けらしい、シンフォニックバレエのスタンダードともいえる動きと構成。白いギリシャ風の衣裳の出演者たちが若さと健康さをみせました。

齊藤 耀& 三木 雄馬
リゼットの友達:雨宮 準、加藤未希、前原愛里佳、黒木未来
 つぎはフォーキンの名作「瀕死の白鳥」。スタイルこそ違いますが、動きの質や雰囲気はもっとも谷に近いともいえる大塚礼子がミストレス。ダンサーは、現在ではこの作品に一番適していると思える佐々木和葉。

 大塚の谷への想い、そして過去の自身の踊りへの思いが感じられる舞台作りでした。

コーラの友達:山科諒馬、酒井 大、吉田邑那、牧村直紀
リゼット:齊藤 耀
コーラ:三木雄馬
 谷の当たり役はいろいろありますが、彼女の引退後、それを引継ぎ自分の当たり役としたダンサーはほとんどいません。それだけ彼女の存在は大きかったということです。そのなかで、高部尚子のリゼットは、それを自分のものとしたきわめて珍しいケースでしょう。高部は谷とは違う明るい個性でこの役を自分のもとしました。その彼女がみストレスの「リゼット」のグラン・パ・ド・ドゥで、齊藤耀と三木雄馬に、男女4人ずつの友人を加え、楽しく賑やかな舞台をつくりあげました。

 新鋭の齊藤は素朴で可愛いリゼットを演じ、高い技術としっかりしたサポートを見せた三木、他の出演者も踊り達者でよく舞台をもりあげました。