ピーター・ファーマー美術による
井上バレエ団
「くるみ割人形」

2007.12.15 文京シビック大ホール


1of 1

Inoue Ballet
「NUTCRACKER」

フリッツ:アクリ瑠嘉
ドロッセルマイヤー:堀 登

吉田悠樹彦の
Driving into Eternity

井上バレエ団「くるみ割人形」(全二幕) 

 井上バレエは幻想的な舞台を上演するバレエ団だ。バレエファンの間には近年コンテンポラリーでも高い人気を誇る島田衣子やデンマークの“ブルノンヴィル版”というイメージもあるが、宇野亜喜良、橋本潔のデザインがかもしだす夢のある雰囲気も見逃せない。単なるバレエの枠組みの中に収まらない想像力やイリュージョンの効果を活かしたようなタッチが印象的だ。芸術性の高いバレエを上演するバレエ団といえるだろう。
兵隊人形:荒井成也
コロンビーヌ:菅野やよひ
ハレーキン:桑原智昭
 今年の「くるみ割人形」のキャストでは若手ダンサーたちを大きくフォーカスした。今日、15日に金平糖の精を演じるのは宮嵜万央里、雪の女王は小高絵美子だ。続く16日には田中りなと西川知佳子が踊った。若いメンバーたちを大きく起用することにはバレエ団の新しい方向性を打ち出していこうという強い意志を感じる。キャストを大きく一新することで、グローバリゼーションの最中を生きる21世紀の新世代へこれまでの伝統を継承し、その一方でさらなる新しい展開を2010年代を目の前に控えた新時代にむけて模索することを考えているのだろう。
クララ:井野口美沙
フリッツ:アクリ瑠嘉
ねずみの王様:大倉現生
 第一幕がはじまると舞台は子どもも大人も楽しいクリスマス・パーティーの真っ最中。クララ(井野口美沙)は友達たちと手品や人形たちの踊りが繰り広げられる人形劇を楽しんでいる。“もっと”とおねだりをするとクララはくるみ割人形をドロッセルマイヤーからプレゼントされる。ドロッセルマイヤーを演じる堀登はベテランならでは豊かな表現力が印象的だ。一方、クララの兄フリッツ(アクリ瑠嘉)は思うようなプレゼントをもらえないことからすねてしまい、妹がもらったくるみ割人形を壊してしまう。それをドロッセルマイヤー はクララのために優しく上手に直してくれたのであった。

 パーティーも終わりクララが人形を抱いて眠りに落ちると少女の夢世界がゆっくりとはじまる。時計が夜の12時を告げるとねずみたちが登場し暴れだす。クララがねずみの王様(大倉現生)に襲われるあわやという時になんとドロッセルマイヤーが登場し、人形は王子(藤野暢央)に変身する。王子と兵隊たちはねずみたちと戦い、争いは王子が勝利した。そしてクララと王子は旅立たっていく。やがて二人は雪の国へとやってくる。雪の女王(小高絵美子)は優雅で充実した演技を見せた。小高は上品な踊り手でありこれからが楽しみだ。雪の王子(井上陽集)もきりりとした表情を活かしながら踊る。花道にコーラス隊が登場し歌い始め、雪ふるクリスマスの神聖な雰囲気を演出する。二人は白一色の雪世界をそりにのってお菓子の国へと旅立っていく。

くるみ割人形の王子:中武啓吾
雪の王子:井上陽集
雪の女王:小高絵美子&雪の王子:井上陽集
 第二幕はピーター・ファーマーの幻想的な美術が見事に映えた演出だ。二人がお菓子の国に到着すると、まるでファンタジーに出てきそうな神秘的な美術世界を背景に若い踊り手たちの歓迎の踊りが繰り広げられた。冒頭を飾ったスペインでは小西優、高村明日香、米倉佑飛による若い踊り手たちの艶やかで細やかな表情は一際目味わい深かった。続くアラブでは踊り手たちはゆったりと布を用いながら空間を活かしながら情景を描いた。
スペイン:小西 優、高村明日賀、米倉佑飛
アラビア:鶴見未穂子、瀬木陽香、蜂谷咲衣、間宮朋加、清水美由紀
 中国やトレパックは踊り手たちのきびきびと躍動する肉体に焦点を合わせたようだ。続くあし笛の踊り(嶋田涼子、田川裕梨、益田仲子)が伸びやかで繊細かつ明るい表情を見せたかと思えば、巨体でユーモラスのギゴーニュおばさんのスカートの中からは可愛らしい子どもたち(角屋満季子バレエ団)が現れ舞台を彩る。やがて花のワルツでは女性舞踊手たちがオーケストラによる豊穣な旋律と共に舞台を盛り上げた。一連の情景を貫いていたのは舞台のスペクタクル性を引き出すことを狙った構成であり、踊り手たちが織り成すラインやカーヴがくっきりと打ち出されていた。
鶴見未穂子
中国:中武啓吾&長谷川 園
トレパック:松田多恵子、市川 玲、石丸美奈、桑原智昭、近藤徹志、荒井成也
 最後の大きな見せ場となるグラン・パ・ド・デゥで王子と金平糖の精を踊った宮嵜は演技派でフレッシュな踊りが印象的なバレリーナだ。溌溂とした表情を大切にしながら踊る姿が心地よい。豊かな感性を持った踊り手でありこれからの飛躍が楽しみだ。
 クララが目覚めると一夜の夢は幕を閉じる。作品が終わると踊り手たちが舞台いっぱいに広がることで、このシーズンらしいキャンドルサービスが繰り広げられた。
あし笛の踊り:嶋田涼子、田川裕梨、益田仲子
ギゴーニュおばさん:馬渕唯史
花のワルツ:鈴木直美、中尾充宏
金平糖の精:宮嵜万央里&王子:藤野暢央
この舞台で音楽を演奏したのはロイヤルメトロポリタン管弦楽団、指揮者は堤俊作だった。彼らによる暖かなタッチの音色は若い踊り手たちの世界と調和し舞台を見事に彩っていた。
 彼らによるバレエの魅力の一つは様々な夢やイリュージョンを大切にしていることだ。若いバレリーナたちの表情は19世紀末に成立したこの作品を踊りながらも、その溌溂とした演技は混迷する世相の中でも光と力の溢れる世界の大切さを訴えかけているようだった。街角もにぎわうクリスマス・シーズンに幻想風景と心温まる世界をそっとプレゼントされたような気分になった一夜だった。

12月15日 文京シビックホール 大ホール所見

舞踊批評家 よしだ ゆきひこ

宮嵜万央里
藤野暢央
STAFF
芸術監督・振付:関 直人
 
合唱:百合丘児童合唱団
美術・衣裳:ピーター・ファーマー
 
衣裳製作:柊舎、ゴードン・ハッチングス
美術監修:橋本 潔
 大道具:俳優座劇場舞台美術部
照明:古賀 満平
 
公演監督:岡本佳津子
舞台監督:相馬 勝己
 事務局:諸角佳津美
音楽監督・指揮:堤 俊作
 
制作:(財)井上バレエ団
演奏:ロイヤルメトロポリタン管弦楽団
 共催:(財)文京アカデミー