東京シティ・バレエ団「カルメン」

2010.2.6 新国立劇場中劇場

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Tokyo City Ballet
CARMEN


「上野房子のダンス・ジャーナル」

 芸術に効率という尺度があてはまらないのは定説とはいえ、 また、日本のバレエ界では多々あることとはいえ、 日本人振付家による数多の創作バレエが、創作者と出演者の莫大な情熱と労力と資金、時には外部からの助成金が投入されたにもかかわらず、僅かな上演回数でお蔵入りせざるを得ない現状を、本当にもったいないと思っていた。

 という訳で、まずは東京シティ・バレエ団が『カルメン』全2幕を4年ぶりに再演したことを心から喜びたい。 同作の演出、振付、舞台美術、衣装、照明は全てオリジナル。音楽はビゼーの既存曲を使ってはいるが、オリジナルの台本に沿って福田一雄が選曲、再構成したスコアを、福田が指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団が演奏した。会場は2006年の初演時も今回の再演も定員約1000人の新国立劇場中劇場、公演数は各々2回。つまり、本作はバレエ団にとって最大規模の創作活動の賜物であり、それを鑑賞する幸運に恵まれた観客数を単純計算すると、初演時の約2000人から一気に倍増したことになる(実際の入場率は100%未満だったようだが)。

カルメン:志賀育恵&ホセ:黄 凱
黄 凱(Huang Kai)
 両公演が、東京都と東京都歴史文化財団が主催し、相応の助成を投入する「都民芸術フェスティバル」の一翼を担っていたことにも言及しておきたい。 公的な助成金が投入された公演が一握りの観客の目にしか触れないとしたら、種々の公共事業が見直され、舞台芸術への助成金が削減傾向にあるこのご時世、オーケストラのライブ演奏で上演される全幕の新作バレエへの助成無用論が出かねない。道路事業にたとえるなら、相当数の利用者があって然るべき高速道路級の一大プロジェクトに相当するのだから。

 再演を重ねる毎にこの『カルメン』がより多くの観客に鑑賞されるだけでなく、数多の鑑識眼にさらされ、「名作へと育つ生命力」(同団芸術監督の安達悦子氏がプログラムに寄せた一文より)を発揮し、真の名作としてレパートリーに定着することを切に願う次第である。

志賀育恵&黄 凱
 2月6日と7日の二回公演の初日を見た。中島伸欣による台本・構成・演出に基づき、時代をほぼ現代に移植し、中島および石井清子が振り付けた『カルメン』である。ビゼーの標題オペラ曲に、同じくビゼーの劇音楽『アルルの女』他を加えた2幕構成で、1幕が75分、2幕が60分。幾つもの美点を備えている一方、振付がしばしば説明的になりすぎる等、未消化の部分が散見され、山あり谷ありの一夜となった。
部長:青田しげる 課長:加藤浩子(紫のウィッグ)
 幕開きは快調。スポットライトが映し出したのは、黒レースのロングドレスを身に着け、髪に深紅のバラを挿した、志賀育恵が扮するカルメン。オペラ以下、先行プロダクションが作り上げた、カルメン=ファム・ファタール、という絵に描いたようなイメージを具現している。しかし、彼女は直ぐにこの扮装を脱ぎ捨て、真っ赤なパンツスーツを着た現代女性に早変わり。カルメンは煙草工場ではなく、パソコンが配備された企業に勤務するOLで、上司のパソコンから盗み出した機密情報を情報ブローカーに売り渡す、という想定なのだ。観客の予備知識をくつがえす世界をとくとご覧あれ、との振付者の声が聞こえてくるようだった。カルメン=志賀が照明の当たった舞台中央から退く直前、客席を見やる表情が出色! 彼女はかすかにニヤリと笑ったのだ。ただならない世界の始まりを大いに予感させてくれた。
エスカミーリョ:小林洋壱 &カルメン:志賀育恵
 この作品の最大の見所は、とにもかくにも、カルメン役を踊った志賀の魅力である。冒頭でスーツ姿になった瞬間、すらりと伸びた脚のラインに目が引きつけられた。思い切り良く伸ばされた膝裏、足首から爪先にかけての弓なりのライン。そして十二分にコントロールされた立体的な動きに、空中で刻まれる、しなやかで力強いポーズ。志賀が踊り始めるや舞台が活気づき、彼女の体がひときわ大きく感じられたほどだ。ホセ(黄凱/ホアン・カイ)やエスカミーリョ(小林洋壱)と踊る後続場面では、カルメンが本気で男を愛そうとしているのか、愚弄しているだけなのか、迷いが生じているのか、志賀の脚は様々なニュアンスを描き分ける。時にはパートナーとの関係が不明瞭になったとしても、カルメン像のなかに現代の働く女性の矜持を見て取れなかったとしても、彼女が生み出す造形美は痛快そのもの。軌跡までもが美しい、見事な踊りだった。
警部主任:佐藤雄基
 黄凱が演じる相手役ホセは、カルメンの勤務先に配属されたガードマン。両脚を左右に開き、後ろ手を組んだ、仁王立ちならぬ、“ガードマン立ち”(と勝手に命名)をしているだけで見目の麗しさがよくわかる。古典バレエの王子役を踊る際には、回転の軸や着地のポジションが乱れがちになるため、ここしばらく、歯がゆさをおぼえることが続いていたのだが、本作では彼に頃合いの振付が、生来の恵まれた身体条件を際立たせるのに成功。志賀=カルメン同様、ラインの美しさは申し分ない。古典作品であれば気にかかる覇気不足も、非番時のあか抜けない衣装と相まって、風采の上がらない青年という想定にぴたりと合致。ソロやデュエットで激しい感情の吐露がなくとも、その造形的な美しさを十二分に堪能することができた。

 1幕終盤、照明の切り替えを繰り返し、闘牛士改め、システム管理部長エスカミーリョと彼に心を動かしたカルメンが踊るデュエットと、二人の傍らで苦悩するホセのモノローグを対比させた演出が印象深い。やがてホセが一対の巨大な可動式ブロックに挟まれ、彼の破滅を暗示する1幕のラストシーンも秀逸。

 しかし全体的な演出に関しては、前述した通り、説明的になりすぎるきらいがあったのが惜しまれる。たとえば「結」がすでに予想できているのに、「承」と「転」の説明が淡々と続くと、わかりやすい反面、もどかしさが募ってしまう。

情報ブローカー:チョ・ミンヨン、岸本亜生
 その一例が、夜遅く、ホセが人気のないオフィスを巡回していると、パソコンから機密情報を盗み出しているカルメンに遭遇する場面。 演出はホセに幾つものドアを開けさせ、幾つもの部屋を覗き込ませながら、 徐々に彼女の部屋に接近させ、カルメンもやがて彼の気配に気づき、身を隠そうとする。しかし、二人が対面するだろうことは端から分かっているので、そのプロセスに緊迫感があったとは言い難い。 肝心の二人の対面場面はあっさりと終わり、肩すかしを食らったようだった。あるいは、カルメンが落とした、機密情報の入ったCDを偶然拾ってしまったホセと、彼を追う警察の描写など、群舞場面にも総じて同様の感想を禁じ得なかった。
カルメンの分身:古藤 舞、齊藤佳奈子、土肥靖子、友利知可子
小林洋壱 &志賀育恵
黄 凱
 ただし、幕切れには、通常演出とは異なるサプライズが用意されていた。オペラ台本ではホセはカルメンを刺殺するが、この版では、ホセはカルメンにナイフを突きつけて逃走をはかるも、機動隊に包囲された後、SWAT(と大型ロゴの入った制服を着た)隊員に射殺される。絶命した彼の体の上には、機動隊員の盾が幾重にも被せられていった。
 警備員ホセとOLカルメン、システム本部長エスカミーリョの三角関係が、市民と公権力の対立に転じた幕切れに意表を突かれた。それとも、正規社員と派遣(とおぼしき)社員の恋愛の顛末に、現代の格差社会の構図を重ねたのか。ほぼ全共闘世代の中島ならではの結末だったのかもしれない。

2010.2.6  新国立劇場中劇場所見

舞踊批評家:うえのふさこ

STAFF
原作/プロスペル・メリメ
音楽/ジョルジュ・ビゼー
芸術監督/安達悦子
台本・構成・演出/中島伸欣
振付/中島伸欣、石井清子
ミストレス/吉沢真知子

編曲・指揮/福田一雄
演奏/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

美術/江頭良年
照明/足立 恒
衣装/桜井久美
音響効果/中島良一
衣装製作/アトリエ・ヒノデ
大道具製作/(有)ユニ・ワークショップ
舞台監督/橋本 洋、淺田光久
制作/一般財団法人 東京シティ・バレエ団