伝統と創造シリーズ vol.1『ひかり、肖像』

2008.5.19 東急セルリアンタワー能楽堂


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Cerulean Tower
『ひかり、肖像』


Strictly Dancing
-ダンスに首ったけ-


林 愛子


 能楽師・津村禮次郎は伝統的な能舞台や新作能への主演はもちろん、コンテンポラリー・ダンスとのコラボレーションなどでも知られる日本を代表する舞踊家である。その津村と、プリマ・バレリーナとして古典バレエはいうまでもなくモダン、コンテンポラリー・ダンスも第一級の踊り手であることを示してきた酒井はな、そして貞松・浜田バレエ団を経てヨーロッパにおいてダンサーとしても振付家としても活躍する森優貴の3人が東京・渋谷のセルリアン・タワー能楽堂に集まった。舞台はセルリアン・タワー能楽堂の企画制作による伝統と創造シリーズの第1回目になる。題して「ひかり、肖像」。
酒井はな
 冒頭、まずひとり登場した酒井はなの美しさが目をひく。彼女は最初から見せる動きのしなやかさ、集中力によっていつものようにこちらを引きつける。能面を思わせる日本的なメイクは、そのたおやかさを引き立てる一方で、芯の通った強さ、妖しささえも感じさせるのは酒井の存在感の大きさゆえだろう。やがて津村に連れられて森優貴が登場。この前半では森の振付によって、酒井・森のふたりだけが踊る。はじめは離れて踊っていたふたりが次第に近づき、デュエットになる。それは能舞台の幅、奥行きを最大限に生かし、上半身や手を多用したよどみない動きだ。そこから、自由や奔放さとは対極にあるストイックな印象を受けるのは能楽堂という厳かな空間のせいだろうか。
酒井はな&森優貴
 アルヴォ・ぺルトの「フラトレス」やシューベルトの「死と乙女」といった音楽がダンスと一体化してよりドラマ性を帯びて聞こえてくる。ガラス(アクリル?)製の角箱、脇正面近くに置かれた手水鉢(?)。使われているこれらの小道具は材質も形状も、ダンサーふたりの衣裳と同様にシンプルで現代的だ。ここではまた、通常の能舞台では見ることのできないさまざまな照明の効果が幻想的な雰囲気をつくりあげている。それが時に人影を浮かび上がらせたり、見ているこちらに月明かりを連想させたりもする。
酒井はな&森優貴
 さて後半。酒井、能管の松田弘之、和太鼓の金子竜太郎が登場。舞台に座った酒井と和太鼓の金子とのやりとりもほほえましい。やがて津村禮次郎が、モダンな白い面をつけ、白とグレーを基調にした現代的な衣裳で表れた時、えもいわれぬ迫力あるいは緊張感が舞台を占めた。それは能装束を脱いだ津村禮次郎の、鍛え抜かれた身体がもたらす説得力といっていい。酒井との序の舞では、静けさのなかに熱が込められたデュエットを披露した。酒井は津村の背後にまわり、彼の付けていた面を外して去っていく。そして終幕、今度は津村が手水鉢のそばで、下方から注ぐ光りを受ける。
津村禮次郎
 「源氏物語」をモチーフにしたと聞いて、当初、津村は光源氏、酒井は女三宮、森は薫の君だろうかなどとついそこに物語を読みとろうとしてしまったが、客席に身を置いているうち、別の感覚にとらわれた。それは目の前で繰り広げられている、奏者を含む5人の出演者による「ひかり、肖像」という舞台がまるで現代のダンスでありながら遠い昔の風情をまとっている、ということ。そこに、誰とも言えないけれどちらりとかげろうのようにさまざまな人物がちらついて見えるような気がすることだ。
酒井はな&津村禮次郎
 しかしそれよりも強く感じたのは、舞台が、不純物、夾雑物を取り除いた清澄な蒸留水のようだ、ということだ。それはまた余分な装飾を排除した能のありように似ているといえるのかもしれない。能を知り尽くした津村だからこそ、モダンな衣裳で踊り、面を外し、和太鼓を踊らせたりとコンテンポラリーで遊び心も感じさせる楽しい舞台を若手とともにつくりあげたのだろう。だから、跳躍を少なくして抑制を効かせた酒井と森によるダンスも、能に寄り添っていたといえるかもしれない。しかしそんなことはどうでもいいことなのだ。これは、どんなジャンルであろうと”ダンスはダンス”という同じ精神を持ったアーティストたちが創り上げた貴重な舞台なのだから。

08.5.16 東急セルリアンタワー能楽堂所見

舞踊批評家 林愛子

STAFF

構成・作舞:津村禮次郎
演出・振付:森優貴

能管: 松田弘之
和太鼓: 金子 竜太郎

照明:関口裕二(バランスbalance,inc.)
美術:福田哲也、アーキタンツ

企画製作:セルリアンタワー能楽堂
制作協力:studio ARCHITANZ